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No.30 ソムリエ(2008年合格)―戸井 由宇子
離島からソムリエに
「戸井様の空席待ちは種別A7番でお受けできますが、お連れ様は一般空席待ちになります」
「一般空席待ちは何番ですか?」
「80番です」
冗談じゃない!那覇行きの飛行機は今日あと3便しかない。種別Aでさえ現在3番からの呼び出しなのに、次からの便に乗る人たちががそれぞれ30人以上あきらめてくれない限り、今日中に那覇に出る事は不可能になる。明日は私たちの見るところ、間違いなく全便欠航だ。試験は明後日の朝、明日中に飛べなければ今年の試験は戦わずして敗退という結果になる。
「お願いします、私たち、試験に行くんです!」
カウンターのおねえさんがちょっと表情を動かした。『お連れ様』がその隙を逃さず言った。
「この日のために、一年勉強してきたんです!」
(ほんとは3ヶ月なんだけどね)と思ったけど、それを顔に出さないようにして、ひたすら懇願した。
「今回だけですよ、種別Aの7番と8番です」
「ありがとうございます!」
ソムリエ二次試験の2日前、前日まで直撃は避けられると思われていた台風15号が、みるみる勢力を増し、910ヘクトパスカルになるという恐ろしい予報だった。その中心部ははるか南を通るのだが、暴風圏がとんでもなく発達しており、範囲が拡大されていることに、その日の朝、気がついた。
「これは今日中に那覇に出ておかなければ、船が止まるどころじゃない、飛行機も飛ばない!」
私たちは沖縄より飛行機で一時間の石垣島から乗り継ぎ、船で45分という、離島のまた離島に住んでいる。二人とも宿関係の仕事だから、夏のこの時期に那覇まで試験に行くというのは、かなりの負担を周囲に押し付けて出なければならず、試験の前後2日間留守にするだけでも大変なことなのに、さらに一日前のこの日、急な出発を余儀なくされて、大慌てで対策を立てることとなった。
すでに飛行機は最終便まで満席。唯一の手は、なるべく早く空港に到着し、キャンセル待ちをすることだけだ。今からうちに宿泊されているお客様の予定を話し合い、その手配をしつつ、自分の用意もしなければならない。しかも一番近い港に入るフェリーは欠航になっており、島の反対側の港まで車で40分、キャンセル待ちできる飛行機の本数から考えて、3時には空港にいることが望ましい。逆算すると最低2時の船、2時の船に乗るということは、こちらを出るのは一時過ぎがリミットである。時刻は10時になろうとしている。時間がない!
直前に買いあさった二次対策用の50本のワイン、どれを持って行くか決めて、小瓶に詰める。今夜のメニューは私がいないのだから変更だ。合格通知のはがきはあった。じゅ…受験票がない!探している時間がない、受験票は確か再発行がきいたはず…
ソムリエになりたい!
ずっとそう思っていたけれど、離島に住み、夏場が掻きいれ時の零細ペンション経営の私は、8月に試験なんて無理だとはなから諦めていた。何年か前に、協会の講習を受けようかと思ったが、分厚い教本にめげ、教材ワインは宴会に消えた。
しかし近年、めざましいブロードバンドの普及で、ネットでお茶の間留学も出来る時代だ。年に何回か上京して顔を出していたワインサロンで、半分冗談で提案してみた。
「インターネットで講習できませんかね?」
「やりましょうよ」
ワインサロンを主催する先生の、思わぬ積極的な言葉だった。及び腰だった私は覚悟を決めざるをえなかった。近所で志を同じくする友人も、一緒に勉強することとなった。
先生も私たちも決意はしたものの、元々通信教育のカリキュラムがない少人数のスクールである。どのようにしようか、なかなか方針が定まらなかった。
結局のところ、ネットで講習というのは先生の時間と私たち二人の時間を合わせるのが大変難しいため、東京で行われる授業を録画して、DVDで送ってもらい、テイスティング用のワインもフルボトルで購入して進めることとなった。編集時間もかかるので、私たちが教材を手にできるのは、東京での授業から一ヶ月遅れである。従って、私たちが勉強出来る期間は限りなく短く、しかも私たちが勉強に費やせる時間が最も無くなる夏に、集中することとなったのである。7月が終わる頃、私たちはまだフランス辺りをうろうろしていた。
それは先生の方も同じ事で、最も忙しい試験前の期間、クラスを終えた夜中に自らDVDの編集作業をして下さって、大変だったことと思う。
8月に入ってからは、進まない勉強と焦りで、仕事に身が入らない。「声をかけないで」オーラを発している私に、いつもなら夜な夜な酒を酌み交わし、おしゃべりに興じる常連の方々も、相当戸惑っているようだった。だが、そんなことに構うゆとりはない。こういう時、零細ペンションはオーナーの代わりがいないので、悩ましい。試験日辺りに例年来て下さるお客様には、「別の日にして」と連絡してある。お客様本意でなく、私の都合で動いている、とんでもない宿である。
食事の支度の時間も惜しかったが、作らないわけにもいかないので、開き直って毎日「試験に出るメニュー」を作った。夕食を提供しながら、これも試験に出る定番のワインをお勧めする。お客様に説明しながら、自分の中でも覚える。勉強が仕事だった学生時代は、なんと恵まれていたことか、今更ながら親にまで感謝してしまう。
現状が許す限り全力投球して、一次試験が終った。その夜は一次の打ち上げのつもりで那覇のレストランに行ったが、脱力感で二人とも、無言で夕食を囲んだ。出来が良かったとは言えない。でも、精一杯のことはした。落ちても悔いはない。しかし結果を待っていては、二次試験対策が間に合わない。すぐに始めなければ。その二次試験の準備にこそブロードバンドが活躍した。
東京の先生とスカイプを繋ぎ、口頭試問とテイスティングのコメントを、リアルタイムで確かめることができる。素晴しい文明の発達だ。そうこうしているうちに、合格通知も手にすることができた。これで晴れて二次対策に打ち込める。
先生は東京での授業が終ってから時間を作って下さったので、始まりはいつも夜中の10時11時、終るのは午前様だった。宿は朝も早いので、私たちは体力的に極限状態。倒れるのが先か、試験が終わるのが先か…。その大詰めが、台風の到来である。
取る物もとりあえず準備を終え、車を飛ばして港に行くと、時間より30分も早く船が出て行く。いったいどうなっているんだ!情報が錯綜するが、どうも島を脱出する人が多すぎて、船が満杯になってしまったらしい。強まる風雨の中で桟橋に並び、予定より遅れてだが、何とか次の臨時便に乗り込むことができた。小瓶に移したワイン30本、クーラーボックスに並べて入れたが、あまりの喧噪で、空港に着いた時にはヒックリ返って泡立っていた。
「種別Aの7番、8番の方、お一人プレミアムクラスでならお席ご用意できます」
「もちろん乗ります!」
「ただ今の便は空席待ち種別Aの8番を持ちまして、満席とさせていただきました。」
間一髪だった。天は私たちに味方してくれたのだ。
そして私たちは沖縄の遥か南、西表島から初めてソムリエの呼称をいただくことができた。
今回ほど、周囲の人々の協力の有り難みを強く感じたことはない。私たちを支えて下さった全ての方々に、私たちを指導して下さった先生、また、今回のパートナーにも感謝を表したい。一人では決して初志を貫徹できなかった。今後も二人で力を合わせて、この離島で、ワインの素晴しさを少しでも伝えていく努力ができればと願っている。
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